【娘のきもち】ぶつかることを避けた母との関係。その修復のきっかけは父の死だった~その2~

取材・文/ふじのあやこ

【娘のきもち】ぶつかることを避けた母との関係。その修復のきっかけは父の死だった~その2~

家族との関係を娘目線で振り返る本連載。幼少期、思春期を経て、親に感じていた気持ちを探ります。~その1~はコチラ

今回お話を伺ったのは、兵庫県で小学生の息子を育てている専業主婦の美奈子さん(仮名・38歳)。兵庫県出身で、母親と8歳上の姉、5歳上の兄との4人家族。両親は小さい頃に離婚していたものの、小学校4年生まで父親には月に1~2度は会えていたそう。その後ピタッと自宅に来なくなった父親との再会は中学生。前のように会話できなくなり、一度も話すことなく別れてしまいます。高校生になった時には父親のことを少しも思い出すことはなかったと言います。

「高校生になり、私もアルバイトを始めたり、彼氏ができたりと自分のことばかりになり、家で過ごす時間も少なくなりました。私の反抗期は遅くて、姉が家を出ていってからなんです。母親が姉の分までと、帰宅時間のこととか、制服のスカートの丈が短すぎるとか色々小言を言うようになって。母親に強く言い返すことがどうしてもできなかったから、徐々に避けるようになっていきました。その頃は目の前にいる家族のことを考えるばかりで、まったく父親のことを思い出すこともなかったですね」

母との距離が掴めずに一人暮らしをスタート。そしてようやくその生活が慣れてきた頃に離れて暮らす父の訃報が

美奈子さんは高校を卒業後にアパレルブランドの販売員として働き始めます。そこは自宅から2駅ほどの距離だったものの職場の最寄り駅で一人暮らしをスタートさせます。一人暮らしを始めた理由は家族との関係を悪化させたくないという思いだったと語ります。

「母親と話すと、普通の会話をしているだけなのにイライラしてしまうことが増えてしまって………。嫌いではないんです。好きなのにです。強く当たってしまう自分がいて、その後の自己嫌悪がひどくて、一緒に住んでいる頃はその繰り返しでした。

一人暮らしを決めたのは少し離れてみようと思ったから。兄が母親と一緒に暮らしていたので一人になることもないし、働き始めて3か月ぐらいで一人暮らしをスタートさせたかな。実家から近いこともあって母親は1か月に一度は家に来て掃除とかをしてくれていましたけど、そのくらいのペースであれば優しく接することができたので、気持ち的にはすごく楽になりましたね」

離れて暮らすようになり、母親とうまく付き合えるようになっていった美奈子さん。仕事を始めて1年に満たない頃、父親の訃報が突然届いたそうです。

「仕事を終えて携帯を見ると、姉や実家から何度も電話がかかっていました。家に折り返したところ誰も出なかったので姉の携帯にかけ直したんです。そしたら、『父が九州で亡くなった』って。『祖母の家で倒れて、数時間後には息を引き取った』と……。ショックというか、驚きすぎたのか耳が一瞬キーンってなったんです。強い耳鳴りがしました。その後は急いで姉の自宅へ向かったんですが、どうやって行ったかは覚えていません」

父の死での後悔は二度と繰り返さない。母親とぶつかり合うと決めた

その後、姉家族とともに北九州にある父の実家に向かったそう。父の病名は心筋梗塞。対面した時の父親は白い布で覆われており、周りにはドライアイスのような冷たいものが敷き詰められていたと言います。

「見た瞬間、本当だったんだって思いました。だけど、うちの家族は誰一人泣かなくて……。みんな父親との記憶が昔で止まっているから、今さらって気持ちも正直あったと思います。みんなは父の顔を見たようですが、私は見ることも触れることもできなかった。その場を離れたい一心でした」

通夜と葬式を終え、兄だけが祖父母を心配して父の実家に残り、美奈子さんは母と姉夫婦とともに兵庫に戻ります。その後兄が九州で生活すると決めたことで美奈子さんは実家に戻る決意をしたそうです。

「兄がずっと九州から戻ってこなくて、その後一度戻ってきたんですが、祖父母と暮らすと言い出したんです。驚きましたが、私も姉も母の手前言い出せなったけど祖父母のことは心配していたので反対は誰もしませんでした。母親ももう成人しているんだから好きにしなさいと。兄が家を出たことで実家に母親が一人になったので、私は実家に戻りました。母親は一人で大丈夫だと譲らなかったので勝手に押しかけてやりました。だってもう二度と突然会えなくなるのは嫌ですから」

美奈子さんはその後結婚して、2児の母親として専業主婦として生活しています。今住んでいるアパートは母親の家の隣の棟だそう。「自分が母親になったことで、より両親の大変さやありがたみがわかるようになりましたね。私は自分から歩み寄りたくないという変な意地から父との最後の会話を避けたんです。そのことの後悔は今でもあります。だから母親とはたとえぶつかったとしても会話を避けるようなことはもう二度としません」と語ります。

取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。

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Source: サライ.jp|小学館の雑誌『サライ』公式サイト
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