【娘のきもち】両親の離婚後もかわいがってくれた父。数年後に見た姿は他人のようだった~その1~

取材・文/ふじのあやこ

【娘のきもち】両親の離婚後もかわいがってくれた父。しかし会えなくなって数年後に見た姿は他人のようだった~その1~

近いようでどこか遠い、娘と家族との距離感。小さい頃から一緒に過ごす中で、娘たちは親に対してどのような感情を持ち、接していたのか。本連載では娘目線で家族の時間を振り返ってもらい、関係性の変化を探っていきます。

「意地を張ってしまって、気づいたらいなくなっていたという状況は作りたくないから」と語るのは、美奈子さん(仮名・38歳)。彼女は現在、兵庫県で小学生の息子を育てている母親です。髪の毛は明るい茶髪で後ろで1つに束ねられており、化粧気はあまり感じられません。服装はベージュのボリュームのあるニットと、花柄のロングスカートを合わせています。産後に太ってしまった影響からゆったりめの服ばかりを着ているそう。ハキハキとした喋り方などから、しっかりしてそうな印象を受けます。

月に1~2度しか家にいない父。会えた時はご褒美のような気持ちだった

美奈子さんは兵庫県出身で、母親と8歳上の姉、5歳上の兄との4人家族。父親は美奈子さんが物心のつく前に、離婚していたそう。しかし、父親が自宅にいる時もあり、寂しくはなかったと言います。

「うちの家は少し複雑で、実は離婚していると知ったのは私が小学生の頃。それまではたまに帰ってくる父は忙しい仕事をしていると思っていました。父と母が笑顔で会話しているところを一切覚えていないし、姉や兄ともに父と会話しているところを見たことがなかったから、父が帰ってこないことは触れたらいけないことなんじゃないかなって子供心ながら思っていましたね」

一緒に過ごす時の父親は優しい印象しか残っていないそう。しかし、その父親は美奈子さんが小学校4年生の時に一切家に帰ってくることがなくなります。なぜなのかを母親に問いただした時にようやく離婚の事実を話されたそうです。

「気付いたらいなくなっていたんです。ちょうど母方の祖母から一輪車を買ってもらったばかりで、父と練習に付き合ってくれるって約束をした直後だったからよく覚えています。

それまでは父親は月に1〜2度くらいの頻度で学校終わりにいたんですよ。私は父親と会えることがご褒美みたいな感覚でしたね。今日はいた!、みたいな。私の前ではいつもニコニコしていたし、ずっと私の話を聞いてくれていたので、大好きだったんです」

父親が完全にいなくなってからの母親は寂しい素振りは一切なし。姉や兄からもいなくなった父親の話題が出ることはなかったそう。離婚について当時小さかった美奈子さんはある勘違いをしてしまったほどだったとか。

「離婚とはその存在自体がなくなってしまうことなんだと思っていました。前から家族の中で父親についての会話はNGなところもありましたが、家に帰ってきた時はちゃんと父親の分まで食事も用意されていたし、父のお茶碗やお箸もあったから。でも、気付いたら食器棚に父親のものは一切なくなっていました。自分にしか見えていなかったんじゃないかって、そんなことも思いました」

姉の結婚の顔合わせで姿を見せた父。会話もなく他人のようだった

父親がいなくなってから母親は家からほど近いパン屋で時短勤務からフル勤務になり、明け方前に出勤してしまうこともあったそう。そこからは歳の離れた姉が母親代わりだったと言います。

「私が小学生高学年の時には姉は就職して、すでに家にお金を入れてくれていました。姉が仕事終わりに夕食を作ってくれて、その手伝いをよくしていた記憶が残っています。母親がご飯を作ってくれたこともたくさんあるのに、私の記憶で台所に立っていたのは姉なんですよね。

母親はフルタイムになってからはしんどいはずなのに、授業参観などの学校行事にはちゃんと参加してくれていました。それに、その頃からブクブク太っていったんですよね(苦笑)。お酒も嗜むぐらいですが飲むようになったし。よっぽど父のことが負担だったんでしょうね。今ならなんとなくそうかなって」

美奈子さんが中学生の時に姉は同じ職場の男性と結婚。すでに姉のお腹には子供がいたこともあり、式は挙げず、その代わりにお互いの親族が集まってホテルのレストランの個室で顔合わせを行ったそう。その時に久し振りに父親の姿を見たと言います。

「母親が片親なのを気にして声をかけたみたいでした。先方の家は大手企業に勤めていたので。離婚の事実は誰が知っているのか全くわからず、ただただみんなの上辺の会話に相づちをうつくらいでしたね。その時には父親と何を喋っていいのかわからず、前みたいに話せなくなっていました。父も私に話しかけてくることもなかったし。父親のことが知らない人に見えていました。少しだけ寂しくもあったけど、自分から歩み寄ろうとは思えませんでしたね。そして、それが私が見た父の最期の姿でした」

父方の実家がある九州からの突然の訃報。なぜもっと話さなかったのか。後悔が美奈子さんを襲います。
~その2~に続きます。】

取材・文/ふじのあやこ
情報誌・スポーツ誌の出版社2社を経て、フリーのライター・編集者・ウェブデザイナーとなる。趣味はスポーツ観戦で、野球、アイスホッケー観戦などで全国を行脚している。

Source: サライ.jp|小学館の雑誌『サライ』公式サイト
【娘のきもち】両親の離婚後もかわいがってくれた父。数年後に見た姿は他人のようだった~その1~